「人を信じられますか?」という問いを発する言葉に見えた、信じたい心

 

今日、お話させて頂いた方が放った一言が印象的でした。

 

人を信じられますか?

 

私は最初、
物騒な事件が起こって
近隣の方とは距離ができ、
得体が知れない人ばかりだから
なんとなくそう感じるのかなあと
思ったのでした。

 

けれど、
よくお話を聞いてみると、
その方はとても愛情深く
優しくて
純粋な方だったんです。

だからこそなのかなと感じました。

本当は、安心して人を愛したい。
本当は、安心してずっとただ暮らしていたい。

おそらく、人一倍信じていたいからこそ
この言葉が出てきたのだろうと感じました。

信じられない事が辛いからこその言葉。

信じられるようになって
幸せであってほしいと感じました。

 

ご自身でも薄々感じておられるその
純粋さや優しいところを
大切にして下さいねとお伝えしてお別れしましたが

その後、
笑顔で
手を振り上げて
明るく歩いて行かれた姿を見ていて
なんだか素敵だなあ
と、嬉しく思いました。

 

 

人にはやはり、とても良いところがあって
その良さが出せないと苦しいけれど、
良さが良さであると分かると
とても輝いて見えるのだと再認識させられました。

 

そして、
私は改めて
ただ人が幸せになって欲しいから
お話を聞いているのだなあと感じたのです。

 

良さを良さとして認められない
誰にも気付かれないのは
もったいない。

気がつけば、
自分を好きになれるし
人に期待できる。

 

そして、良いところは誰にでもある
見えているか、いないか。
気づいているか、いないか。
発揮できているか、いないか。
そこは違うけど
みんなに良いところが絶対に、ある。

 

改めて、
自分は病んでいるし、
人を信じられない、

という方がいたとしても
その人の中にある良さを信頼しよう、
まず、私は人を信頼しようと
思った経験になりました。

 

日々、
出会いや
新しい学びに感謝の気持ちです。

 

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