親としての最低ラインってあるの?コレだけを押さえておけば良い親になれる

親だからしっかりしないといけない
子どものために自分を犠牲にして当たり前

果たしてそうなのでしょうか。

あなたを「良い親」でいさせようとするものは、何ですか?

誰かの目があるから、立場があるから

果たして、周りに誰もいなくても、同じ道を行くのでしょうか。
人目を抜きにしたなりたい姿と一致しているのでしょうか。

違うような気がしちゃいますね。

私は、子どもを叱ることもありますが、本気で腹を立てている時なんて正直ほとんどありません。

時間の約束を守ってくれなかったり
言われた場所に探しに行っていなかったりすると、
心配と疲労と無力感から厳しく接することもあるし、
親という立場だから、子どもが忘れ物をしたり遅刻をしないように時間を守らせようとするから急かすこともあるけど、

よく考えてみると心の奥底ではほとんどの事はどうでも良いと思ってます。

子どもの顔をじーっと眺めて

なんだか自分の子だなあと感じたり

この人が好きだって急に感じたりします。

面白くて、なんでも頑張って、こっそりおやつを食べてみたりする。

意思がある証拠、を感じて可愛いと思う。

そんな時がすごく好きです。

他人の家庭の「良い部分」だけが溢れるほど筒抜けの時代

だけど、現代には怖いくらい他人の情報が溢れてます。

昔だったら「町のもの知り」くらいしか会ったことないまま一生を終えていた人もいっぱいだったと思います。

でも、今は世界一の天才の情報を眺め放題の時代。

何歳から何をしたとかどんな風に育ったとか。

同じ事をして似たようになるには、似た個性が必要だし、本人の好みも大事なんですけどね。

目の前にいる子だって充分過ぎるくらい個性的で夢中になって満足出来るのに、邪魔する情報が多すぎるんです。

成功した子どもの情報もそう。
失敗した子どもの情報も。

何をやっても大ごとになりがちだから、いい子で無難を好む。

本当に大事な、目の前にいる子の個性を見つけることすら出来ないほど、目の前に集中させない案件が溢れています。

境界線を引かなければ、情報だけで簡単にズタズタにされてもおかしくないと思います。

消えたいと思う人がいてもおかしくない。
自分の範囲に収まらない事を背負いこまされやすいんです。
考え方も、未来への展望も、異様なくらい、縮こまるか、突き抜けるかしないと生きていけないような気になってしまう。

失敗したくない。
叩かれたくない。
成功してそうな人は幸せそうだ。

そんな風に感じてもおかしくない。
情報を見ない方が難しい。

でも、自分や目の前の子のエキスパートになってから、隣を見るくらいで、充分だと思う。

干渉する意味ではなく、
良さとか弱さとか個性特性を知るために。

それってすごく面白いし年月をかけて眺めることができる親の特権なのに、雑多なものを眺めていると、見逃してしまうんじゃないかと思います。
私たちはあらゆる面で有限な存在ですから。

どうせ他を見るなら、自分とは全く違う比べようがないような人の情報を見た方が心が自由になるのではないでしょうか。

男性の価値が牛を持ってるかどうかで決まるマサイ族さんとか。

そんな人もいるんだ、と。

じゃあ今自分が一生懸命やって気にしてる他人の目ってなんだろう?
他人が認めたら我が家はいい家庭なのかな?
外に出れば自分の夫なんて女性から見向きもされないそんな世界観だって同じ地球上にある。
そうだ、全員が認める家庭なんてない

人から見て羨ましそうな家庭
=幸せ
じゃないですね。

そう見えるだろうけど実は…なんて、よく聞く話。

それを目指してもどうにもなりません。

誰にも奪えないたったひとつの事実

そう、最後は自分が存在してることの素晴らしさ、有り難さに行き着いてしまうのだと思います。

その、自分の存在への満足感を持つことこそ、子どもに対しても同じように

ただ、いてくれてありがとう

と思う。

私は生きている

この子と親子である

それだけで充分で、ただそれを楽しめば良い

というのが真実なんじゃないかと思うんです。

それが分かれば、その単純なことの大きさ尊さを知れば、自分も子どもも大事に出来て、人の要求より自分の要求が叶うことの大きさも分かってくると思います。

生きている

親子である

それだけで充分で、素晴らしい事。

あとはオマケみたいなもの。

あとは結構、なんでも良かったりするんですよ。

 

子育てに正解なんてない
  • 他人の目を気にしても、他人の基準なんて億千万通りある。
  • 溢れる本来不要な情報に夢中にならない。
  • 生きていること、親子であることの面白さ素晴らしさを知る。

 

どんな時代だとしても、境界線を引いて、自分と人の領域をしっかり線引きし、自分の素晴らしさと他者の素晴らしさを日々実感し、使命に必要な行動をとれてニュートラルな状態でいれば人は楽になります。
捨てられると、心の重荷って本当に重いんだと感じるくらい重かったことが分かります。

ニュートラルから外れれば外れるほど苦しくなります。
他人の荷物を持ってませんか?
自分の良さをを知っていますか?
やりたい事が出来ていますか?

カウンセリングでは現在の問題点や、過去のどの辺りが原因でズレたのかを見て元に戻していきます。
心の骨格矯正みたいなものです。
正しい位置に戻ると身体が軽くなるように、心も軽くなります。

それが美しい心だと思います。
心のスタイル悪くないですか?
重荷どころか直視できないくらい痛々しい傷が残っていませんか?
それだと痛くて動きづらくて=生きづらくて当たり前なのです。
放置しなくて良いんです。

心が軽いって楽ですよ。
ありのままの自分の素晴らしさ、生きやすさ、ぜひ一度体験していただきたいです。

ご予約お待ちしています♪
お電話か受付フォームからご相談ください。

パーソナルタイプ診断・カウンセリングご予約、お問い合わせ受付ページ

2017.10.24

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です